- ノースショアのサーファー
- 2010年02月11日
ちょうど第一次世界対戦が行われていた頃、
ワイキキは完全に世界のサーフィンの中心でした。
そのサーフィンが世界へ広がって行くわけなのですが、
その切っ掛けを作った人は、、、
皆様もご存知な事と思います、
この人「デューク・カハナモク」(ワイキキの中央にそびえ立つ銅像こそ、そのサーフィンの父を呼ばれるデューク)
1912年 スウェーデンのストックホルムのオリンピックでの競泳で50mと100mを制した男。
先週出て来た(あの木陰にタムロし、ツーリストにサーフィンを教えてこずかいを貰う)
ビーチボーイズの一員でもあった男。
そのデュークが赤十字の水泳デモンストレーションのチームとして
世界を廻るきっかけが与えられ、
同時に彼は、サーフィンをもデモンストレーションして廻りました。
オーストラリア、ニュージーランド、カリフォルニア&カナダで。
ウェットスーツの無い時代に冷たい水で魅力的に
サーフィンを披露したデュークの功績。
そのせいで、多くの人たちがハワイを目指してやってくる様になりました。
ワイキキにはホテルが次々と建てられ、
ビレッジ(村)だったワイキキが観光地化され始めたのも、
ちょうどこの頃です。
メインランドからサーフィンをしたいが為に、ワイキキに移り住む人も現れました。
そのHaole(ハオレ)と呼ばれるその金髪のサーファーたちの進歩的な思考&行動が
サーフィンの世界に注入され、サーフボードが進歩が一気に進むことになります。
では、、、この続きは来週。アロハ〜〜!!
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